虎は古今東西を問わず、強い動物の代表として人々の崇敬を集めてきました。生物としてのトラはアジアの限られた地域に生息するのみですが、トラが存在しない中南米では、同じネコ科のジャガーがそれに相当します。古代メキシコにおいて栄えたオルメカ文明は、ジャガーと人間の女性の間に生まれた半人半獣をモチーフにした造形物を多数遺しています。その後に登場するマヤやアステカといった文明でも、ジャガーは大地・雨・豊穣の象徴として引き続き信仰されていきました。
さらに現代のメキシコにおいても、こうしたジャガー信仰の名残が見られる場面があります。掲出の仮面はジャガーの顔を模したもので、「虎の踊り」と呼ばれる野外舞踊劇で使用されるもののミニチュアです。メキシコの公用語であるスペイン語ではジャガーを虎と表現することが一般的なため、上記の踊りにも虎の名称が使われます。仮面の表情を見ると、肉食獣の獰猛さとは無縁でユーモラスな印象すら受けます。顔のパーツが全面的に曲線で構成され、コミカルな造形となっているからでしょう。また、長い眉毛や口ひげも特徴です。
踊りでは仮面を着けた演者がジャガーになりきり、集落を縦横無尽に暴れ回ります。ストーリー展開は地域差がありますが、最終的に住民によって退治される結末が多いようです。この踊りは、農作物の豊穣を祈念するために毎年演じられます。つまり、劇中のジャガーの死は来たる豊作のための供犠とも読み取ることができます。