日々のくらしの中で、人びとは様々な問題・悩み事に遭遇し、それにひとつひとつ向き合いながら人生の駒を進めています。問題解決のために、いつも選択と決断を繰り返しているのですが、そこに迷いは尽きません。そこでこれらを解決するため、自ら出す答えに確証を得るために、神仏などの人知を越えた霊験ある存在の力に頼んで、その加護を受けるべく真摯に祈りを捧げてきた長い歴史があります。
願いを託す時や、願いが成就した感謝の気持を伝える時などに、色々な形ある供物(くもつ)を神仏などに捧げることがあります。奉納品です。日本では古代の遺跡から馬の頭骨や歯が出土することから、生きた馬(生馬)を贄(にえ)として雨乞(あまご)いなどの水に関係するまつりで捧げたらしいことが分かっています。馬は神や貴人の乗り物、水の神との関わりが深い特別な存在などと理解されていたようです。時代が下ると生きた馬の代わりに、土や木で作った馬形、馬の形の板、さらには板に馬の絵を描いた、つまり「絵馬」へと変わっていったとされます。現存最古の絵馬は大阪の難波宮跡から出土した7世紀中頃の馬の絵を描いた板です。このように当初は馬が描かれていましたが、室町時代末期には願意に即した馬以外の多様な絵柄が描かれるようになります。その流れが多種多彩な絵柄や形をもつ今日の絵馬の存在にまで連綿と続いていると言えるでしょう。
掲出はこの奉納品の代表格のひとつである「絵馬」です。日本髪姿の老若女性3人が霊雲上の御幣に祈りを捧げています。掲出のような礼拝者を主題とした絵馬を「拝み絵馬」と称されたりしています。また、右手に「奉納」の文字、左下に願主名が書き入れてあり、女性達の頭上には火炎宝珠(かえんほうじゅ)を描いた門幕(もんまく)が下がります。全体の描写が手慣れていることから絵馬専門絵師の手になるものでしょう。ただ、この絵馬は残念ながら具体的な願意の内容や、成就祈願か願意達成の御礼か、奉納地も含めてすべて不明です。しかし、手を合わせ一心に伏し拝む女性達の姿からは時間を超えた篤い信仰心が見る者に静かに伝わってくる気がしてきます。