天理参考館
TENRI SANKOKAN MUSEUM

参考館セレクション

世界の生活文化御定宿小がたなや善助引札(ごじょうやどこがたなやぜんすけひきふだ)

御定宿小がたなや善助引札

御定宿小がたなや善助引札

御定宿小がたなや善助引札

御定宿小がたなや善助引札

奈良 1882/明治15年
37.0×51.1cm
松川半山述画 高野旭昇堂刻 木版色刷
資料番号:91.090-10-08-30

展示中 1-0

一枚の紙に木版印刷などで摺刷(しゅうさつ)された印刷物を一枚刷(いちまいずり)と称しています。リーフレットやパンフレットの一種と言った方が、現在では分かりやすいかもしれません。北斎や広重などの浮世絵版画などや、神仏の偶像を刷った神札御符にも一枚刷のものがあります。
また、その発行元である「版元」もプロの書林のような専門店だけではないのは自明のことで、刷物(すりもの)と一括りにしても、その性格はまことに多様な側面を有しています。
例えば、寺社や信者個人が刷り出すと当然宗教的色彩が強くなります。その好例が神札・御影・印仏・納札などということになり、一方で、書肆(しょし)の出すものは商品として流通するでしょうし、商家などが広告媒体として制作配布すれば商業目的の営業用広告チラシの引札(ひきふだ)となります。
本図は遊山・観光客のために作られた奈良の名所案内図を兼ねた、有名な旅籠(はたご:旅宿・定宿などと称する。旅館)のひとつ「小刀屋善助」の引札(広告)です。小刀屋は猿沢池のそばという観光地奈良の一等地にあり、「印判屋庄右衛門」と共に落語にも登場する有名旅館でした。
画面上半分には春日社・東大寺・興福寺・猿沢池や奈良八景・奈良名産品を概述し、下半分は比較的豪華な色使いで江戸後期の名所案内本である「名所図会」ばりに、風景画として、南都(奈良)の興福寺南側、猿沢池と近くの旅籠の建物を江戸情緒豊かに伸びやかな雰囲気で描出しています。
案内文の最後に明治15年と銘記され、人力車や興福寺南大門跡に建つ遙拝所の鳥居(明治6~21年の間)、旅籠の玄関に掲げられた「一新講(旅行目的の講組織の一つで、明治6年に静岡で結成された)」の看板が描かれているので、時代が明治に変わっていることが分かりますが、まだまだ、江戸時代の気分が充溢した賑やかな古都奈良の市井点描と言えます。丁度この前年明治14年には廃仏の厳しい波を受けて疲弊した興福寺の再興が許可されたばかりでした。
この案内文と風景画は、共に、挿絵などで著名な大阪画人の松川半山(文政元/1818~明治15/1882)の筆になるものです。製版したのは大阪の版木屋で、摺刷の色数も少なくはないことから、引札としては豪華な印刷物になるでしょう。上得意様用か、見本刷りだったかもしれません。
奈良に行ってみたい― この旅籠を利用してみたい― と思わせる宿屋の引札の優品と言えるのではないでしょうか。