本例は階段と渦巻きの神殿(テンプロ・デ・エスカレーラ・イ・オラ/Templo de Escalera y Ola)模型の破片です。モチェ文化では、山の頂で人身供犠が行われている様子を表した土器が多数つくられましたが、本例は神殿模型でありながらも、その一例として数えることができます。頂上部の渦巻き部分には、生贄(いけにえ)として捧げられ、髪を垂らしてうつ伏せに倒れる人物が表現されています。元々、この下には三段の階段状の構造物が付けられていました。
モチェ文化では、干ばつを解消するために人身供犠が行われたことが発掘調査によって明らかにされています。そして人身供犠の場面を表した土器の分析から、その論理は以下のようであると考えられています。
砂漠である海岸地帯に流れる川の源流は山にあります。山岳地帯が雨期に入ると、増水した川の水は山の斜面を削りながら海岸地帯へと流れます。ミネラル分を含んだ濁水は水をもたらすだけでなく、河川流域の土地を肥沃にして再生します。この濁った川の水が生贄から流れ出る血に喩えられ、川の水量をコントロールするために人身供犠が行われたと解釈されています。そして人身供犠を示唆する表現の様式化が進み、蛇行する血の川は渦巻き(文)として、川の源流がある山は階段(文)として表現されるようになったと考えられています。
本例の資料価値は考古資料だけにとどまりません。19世紀後半から始まった“贋作(がんさく)”づくりを物語っている点にもその価値があります。当初、“贋作”の多くは、盗掘などによって破損した資料を補修して完形品のように見せかけた補修品でした。本例の場合は、破損後に底部や人物後ろの突起物を新たに付けた変造品ですが、元の神殿模型を知らない人にとっては1つの考古資料です。
このように本例は、モチェ文化における人身供犠と、現代社会における商業目的のための“贋作”づくりの2つの脈絡をもつ興味深い資料と言えます。