マヤ、アステカといった文明が栄えたことで知られる古代メキシコでは、神々に対する信仰が人々の間に広く深く浸透していました。身の回りで起こるあらゆる自然現象は、神々によってもたらされるものだと信じられていました。 古代メキシコの神々の中で最もその名が知られているのは「ケツァルコアトル」です。ケツァルコアトルは「羽毛のヘビ」という意味を持ち、空を飛ぶ鳥と、地を這うヘビの特徴を併せ持つ神とされます。その信仰の起源は今から約三千年前に栄えたオルメカ文明にまでさかのぼります。人類に当地の主食であるトウモロコシを授けたとされる豊穣の神、ケツァルコアトルは風の神としての側面を強調する際には「エエカトル」という別の名前で呼ばれます。 本例はそのエエカトルの石像ですが、造形をじっくり観察すると、胴体はヘビがとぐろを巻いているような螺旋状を呈していることが分かります。これはヘビの生態的な描写であることに加えて、風が渦を巻く竜巻を表しているとも解釈されます。また、風を力強く噴き出すために、口が鳥のくちばしのような形状となっているところも特徴的な部分です。 こうした特異な外見は、当地の先住民が描き記した図像からも窺うことができます。スペインによる征服後にヨーロッパ人が筆写し、現在、バチカン図書館に収蔵されている『ボルジア絵文書』にも、このエエカトルの姿は描かれています。 古代メキシコは太陽に関する神話を多く残しています。中でも、天空にじっと留まったまま動こうとしない太陽と月が、エエカトルの吹きかける突風によって、ようやく動き出し、世界に昼夜の区別が付くようになったという逸話は、当時の人々の世界観を考察する上で非常に興味深いエピソードです。