天理参考館
TENRI SANKOKAN MUSEUM

参考館セレクション

世界の生活文化木製ケロ(彩文)(もくせいケロさいもん)



ペルー
植民地時代 推/16世紀末~18世紀
高13.5cm 口径12.2cm 木製
資料番号:66-845

展示中 1-0

本例は植民地時代に使用された木製のコップ型の器「ケロ」です。インカ帝国のケロとは異なり、側面に彩色が施されています。一般にモパモパとして知られるアカネ科の植物から採れる樹脂と、顔料および有機色料を混ぜて彩色されます。文様を彫った器表面に樹脂と混ぜ合わせた合成色料を充填してモチーフを描いているので、 “はめ込む(inlaid)”と説明した方が適切であると言われています。本来ケロは一対で用いられるので、本例と同じケロがどこかに存在していた、あるいは存在していると考えられます。
1532年にインカ帝国がスペインに征服されると、先住民宗教に偶像崇拝の烙印が押され、儀礼の器であったケロは没収の対象となります。しかし、スペイン人が新たにもたらした貨幣経済と市場経済システムにより、ケロは儀礼用具から商品へと変質して没収を免れていきます。こうして、インカ帝国でケロカマヨックと呼ばれる専業集団によってつくられていた神聖なケロは、植民地時代に入ると、インカ貴族の特権に与(あずか)れない次男や三男が、納税や強制労働の義務を免れるためにつくるものへとなっていきました。家督相続権のないインカ貴族がつくるケロの装飾モチーフには、幸運の前兆である虹の下にインカ王や王妃コヤが登場し、インカ皇女や戦士、熱帯性の動植物が描かれます。そのため、ケロは商品化された後でも世帯レベルの儀礼で用いられていたと考えられています。
本例は、上下だけでなく表と裏でも異なるモチーフが描き分けられています。表面の上段には対面する男性と女性が、裏面にはトカプあるいはトカプスと呼ばれる5種類の幾何学文様が2段4列で帯状に描かれ、対角線上に同じ文様を配置しています。そして下段には、表面にサルビアの一種であるニュチュの花を2段に分けて連ね、裏面にはスリュ・スリュと推定されるボマレア属の花を描いています。
上段の表面の男性が着用しているウンクと呼ばれる巻頭衣の胸のあたりには太陽神と思われる赤い円が描かれています。また一部欠損していますが、頭部に一条の線が確認できることから、額に王の徴(しるし)であるマスカパイチャと呼ばれる房飾りが描かれていたと考えられます。これらのことから男性はインカ王であると推定されます。一方の女性は、アンデス高地固有のハナシノブ科カンツア属のカントゥタの花を持っていることから、王妃コヤであると考えられます。王妃コヤは女性の世界を統べる月神を守護神とし、インカ王と王妃は対の関係にありました。そして、王と王妃は出自を同じくし、共通の祖先から系譜をたどることができる王族の共同創設者として認識されていました。
このように、植民時代のケロにはインカ貴族のアイデンティティが描かれています。そしてそこには彼らのしたたかな生存戦略もまたみて取れるのです。

参照ページ