ニューギニア島西部に位置するインドネシアのパプア州アスマット地方では、村の重要な人物や勇敢な戦士、その家族などが亡くなると、親族や村の人びとは亡くなった死者を弔う盛大な祭礼「ビス儀礼」を催しました。祭礼では死者を表す木柱像“ビスポール”が数ヶ月をかけて作られ、儀礼小屋“イユウ”の内外に立てられます。本品のような5mを超す大形のものはイユウの前の広場に立てられます。
ビスポールは幾体かの死者の像が上下に重なり合って彫刻された木柱像で、天空を切り裂くかの如く聳(そび)え立つ姿で表現されます。本品の幹には3体の死者像が彫刻されています。板根がある熱帯広葉樹で作られたビスポールは根の方を上にして、上下が逆さまとなって立てられます。ビスポールの上部、板根部の斜め方向に突き出た透かし彫りの彫刻物は男根を示し、力と男らしさ、豊饒の意味が込められています。
死者の霊魂はビス儀礼を催す晩にだけビスポールを依り代として滞在し、祭礼終了後には祖霊の世界へと旅立つといいます。ビスポールはそののち湿地帯のサゴヤシの林に遺棄されます。ビスポールは土に還り、彼らの食料となるサゴヤシの生長を促すのです。
ところでアスマットの人びとの間では、人間の死に対して自然死という概念はほとんどなく、戦闘による死か、何者かに敵意を抱かれ呪術によって操作された悪霊の仕業による死のどちらかと考えられてきました。誰が呪術を使ったのかはわかりませんが、その復讐の対象は敵対関係にある他の村々の人びとが想定されました。かつてビス儀礼は復讐の首狩りを誓って行われる儀礼でもあり、首狩りが成功するとビスポールの根元にその首が捧げられました。
伝統的な信仰、慣習が消失している現在では、現地でビス儀礼やビスポールの存在を確認することが困難になっているといいます。