殷(いん)・西周(せいしゅう)の青銅器は中国美術の精髄の一つといっても過言ではありません。特に殷時代後期(前14世紀~前11世紀頃)の青銅器は世界に冠たる圧倒的な水準を示すものとなっています。本例も殷時代末頃に位置づけられる鼎(てい)と呼ばれる青銅器の一つです。鼎は、肉類を煮るための煮食器で、底部に三足を有し、上部には一対の持ち手がある器形です。やや小振りですが均整のとれた美しい姿の優品です。口縁沿いにはいわゆる饕餮文(とうてつもん)と呼ばれる力強い獣面が表されています。饕餮とは伝説で語られる欲深い悪神の名前です。青銅器等に表される目と角とを強調した獣面文様を饕餮文と呼んでいます。しかし、実際にはこの獣面文様が饕餮を表した文様かどうかはわかっていません。一説には、殷人たちの信仰していた至高神「帝(てい)」の姿を表現したものともいわれています。
殷周青銅器は、その大半が祭祀饗宴(さいしきょうえん)に用いられた彝器(いき)とよばれる飲食器や楽器で、支配者が祖霊祭祀(それいさいし)などの宗教儀礼に使用して共同体の結束を固める行事や賓客(ひんきゃく)をもてなす際に用いられた重要な道具でした。本例のような鼎は、宗廟(そうびょう)に置かれた祖霊祭祀の器の中で最も重視された器種なのです。