写真は島の山古墳出土の車輪石です。緑色凝灰岩(りょくしょくぎょうかいがん)という山陰や北陸地方で産出する石材でつくられています。車輪石とはカサガイやオオツタノハなどの笠形をした貝の頂部に孔をあけてつくられた腕輪を石材で模したものです。表面に見られる放射状の文様は、貝の表面の放射肋(ほうしゃろく)とよばれる筋を写したもので、江戸時代の学者はこの文様を車輪の輻(スポーク)と見て、これに車輪石という名を付けました。
弥生時代には先述のオオツタノハやゴホウラ、イモガイといった、南西諸島でとれる巻貝を利用した腕輪が九州地方を中心に出土するようになります。南海産の貝は大変貴重なもので、これらは集落のなかでも特定の人しか身につけることができませんでした。中には10個以上の腕輪を着装する例もみられます。
古墳時代になると、こうした特別な貝輪は緑色凝灰岩や碧玉とよばれる緑色をした綺麗な石材でつくられ、古墳に副葬されるようになります。この石製の腕輪は、もはや実用の腕輪というよりは、古墳に葬られた人の権威を示す宝器となりました。1996年におこなわれた島の山古墳の調査では、前方部の埋葬施設から車輪石を含む130点以上の腕輪形石製品が出土しています。