イランのカスピ海周辺に実際に生息する瘤牛をかたどった注口土器です。赤褐色の胎土を用い、光沢が出るよう磨きを加えて丁寧に仕上げています。嘴状に突き出た注口部から液体を出し入れするのです。
三日月状に突き出た角は雄大で、瘤も実際よりは大きく表現されています。これに対し、四本の脚部は短く簡略化されています。一見アンバランスなように思えますが、かえってその方が瘤牛の持つ躍動感や力量感がうまく伝わってきます。喉の部分に浮き出た一筋の稜線は脈打っているようで、生命感も溢れています。古代のものなのに、どこか新しい造形のようにも思えてきて不思議です。
同種の瘤牛形注口土器が、イランのギーラーン州、エルボルズ山脈にあるマルリク遺跡の墓からたくさん出土しています。実際に愛用した品物を埋葬したというのではなく、はじめから副葬目的で作られたものです。何らかの葬送儀礼に用いられ、そのまま埋葬されたのではないかと推測しています。おそらく死者に注いだのでしょう。この注口土器に入れられた液体は、瘤牛が持つ自然の神秘的な力がそなわった宗教的な意味を帯びていたと考えられます。たとえ水であっても単なる水ではもはやありません。聖なる液体となって、死者に注がれるのです。こうして死者の復活、再生を祈ったのではないでしょうか。