鉄器時代である紀元前9、8世紀頃に今のイランの西方、ルリスタン地方で作られた把手付杯です。淡黄褐色の胎土に赤褐色の顔料で彩文を施しています。平行線で埋めた対向して垂れ下がる三角文を連ね、その間に動物を描いています。さて、この動物何でしょう。
西アジアで古くから描かれている、体に斑点のある動物となると決まってきます。豹かチーターかです。斑点に違いがあります。豹の斑点は中央が薄くいわば中空ですが、チーターのは中実です。つまり点そのものです。本例では点で表しているのでどちらかと言えばチーターと言えるのではないでしょうか。チーターは従順な動物でして、古くから飼い慣らされています。
実は、もう一つの対向する三角形の方が特徴的な文様です。この文様のある土器はババ・ジャーン遺跡から多数出土しています。ルリスタン地方でも東部地域の物質文化圏を表象するもので、メディア王国とも関連づけられています。
この文様は実は後期青銅器時代に盛んに作られていた彩文土器の伝統を継承するもので、鉄器時代では珍しいものと言えます。この時期、彩文土器がすっかり影を潜め、無文の磨研土器が主流となるからです。おそらく外部から来た集団が羽振りをきかせ、これまでの土着の集団は小さく残った結果ではないかと思われます。
イラン鉄器時代はこうしたさまざまな集団・小国が乱立していた状態でしたが、土着の小国でしかなかったメディアが次第にイランを束ねるようになり、そしてついには巨大なアッシリア帝国を滅ぼすことになります。歴史は時にこうしたおもしろい現象を見せてくれます。本例は小さくて目立たない資料ではありますが、その内に大きな歴史の転換を秘めているかもしれないと思えば華やいで見えてきます。