家具の代表的なものの一つが箪笥です。「衣装箪笥」が確認できる古い文献は『難波鶴(なにわづる)』という延宝7年(1679)刊行の大坂の地誌で、そこには「心斎橋に箪笥を売る店がある」と出てきます。徳川綱吉が5代将軍となる前年のことです。“着だおれ”と称された京より、大坂の人の方が衣装持ちだったのでしょうか。箪笥が登場するのは、そこに入れるモノと、それを作る技術が関係します。近世までも、モノを入れる櫃(ひつ)や長持(ながもち)は存在しました。箪笥の特徴は何か?それは「引き出し」です。櫃や長持ではすぐにモノを取り出せません。モノをたくさん持っていた貴族には召使いがいるので、命じればすぐに手元に届きます。そもそも庶民はモノを持っていないので、収納具は必要なかったのです。近世になって人びとの生活が向上し、持ち物が増えたために、自分で整理管理する収納具を求めるようになりました。三越の前身である越後屋が、延宝元年(1673)に江戸の日本橋に店を構え、“現金掛値なし”の商法で急成長を遂げたように、このころ人びとの購買欲が高まり、呉服屋が増えていきます。また、「引き出し」を作るには厚さ、大きさが揃った板が何枚も必要です。モノを入れてもきちんとなめらかに引き出しができるように作らなければなりません。箱と蓋だけを作るよりも技術と材料が要求されます。材木屋が増え、そこから板を仕入れて箪笥を作る箪笥屋も増えていきました。大坂は指物の技術の高さ、材料の調達の至便性、衣類の増加に伴う収納具の需要の高まりなど全ての条件が整っていたのだと思われます。箪笥に車が付いたこのようなタイプを車箪笥と呼びます。